プロフィール

とら店長コトラコ

Author:とら店長コトラコ
FC2ブログへようこそ!


最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

ありがとうございまする


検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

虎屋敷 跡

昨日に引き続き、とら店長は休日です。

連休でどこかに行らしているでしょうか。
せっかくの休暇が晴天で良かったわと思いつつ、寝て暮らしている可能性の方が高い店長ですから、
晴れでも雨でも槍でも鉄砲でも関係ないかもしれないですね~。ふっ。

そういうわけでコトラコの美人秘書、私、サカコが、
本人不在をいいことに、とら店長大抜擢のもともとの物語をお話しいたしましょう。


盛岡に城下町が造られた時期といった方がわかりやすいでしょうか、

全国的には関ケ原の戦いの時代。

勝ち戦で機嫌の良い徳川家康公のところに挨拶に行った、我が南部利直公。

家康公は、にこにことしながら、
「よ~よ~、南部氏。我が陣のためによく戦ってくれたましたなあ。
南部光の武者が出た時には、どういうことかと腹も立ちましたが、まあ、あの者のことはしっかり重罪にし、南部が確かに徳川側だということを私に示してくださいよ。

それはそうと、これだけ馬や金やその他めずらしい土産もたびたび頂戴し、南部の土地の豊かさには驚かされますなあ。
これからもがっぽがっぽと土産物、宜しく頼みますよ。

あ、そうそう、いつもいただいてばかりでは何ですから、丁度最近、なんとも貴重な虎をカムボジアからいただいたばかりですので、あなたに差し上げましょう。いやいやご遠慮なく・・

いやいやほんと、ご遠慮なさらず・・

本当に!、ご遠慮なさらずにっ!・・・。」


この言葉は、伝説&フィクションです。

この時代に伝説として残っていることを、家康さんに一気に言わせてしまいました。

確かにこの時代の南部藩は、金山ラッシュで財政が潤っていた時代ですので、徳川家との関係もかなり良かったようです。

南部光武者という伝説の呼び名が付された北十左衛門のことについてもいつの日かこのブログでご紹介いたしたいと思っています。

ところでそんな強引なるプレゼントを2頭も賜ってきた南部27代利直公

戻ってくると早速、城内に虎の小屋を作りました。
小屋と呼ぶには恐れ多いので、屋敷といいましょうか。

虎屋敷は城内の中津川寄り、キリシタン処刑場だった毘沙門淵に近い場所に作られました。
(もしかしたら虎屋敷の方が先だったのかもしれません)

雄の名は乱菊丸。雌は牡丹丸。

乱菊丸はある日小屋を抜け出しご城下に行き、町人を傷つけました。
利直公は、いくら家康から拝領した虎様とはいえ、これ以上の被害を食い止めるため、自ら鉄砲で仕留めました。

(その皮は、参勤交代の折には鞍かざりにされ、南部様のご一行のシンボルのようになりました。)
残った牡丹丸は、ほぼ天寿を全うしたといえるほど生き、最後は餌として与えられた秋田犬に逆に噛まれて死んでしまったのだということです。

(この虎にまつわるもっと詳しい話は、もりおか歴史文化館にいらしてミュージアムショップで聞いてくださいね。)

盛岡城跡公園を始め、盛岡にはまだまだいっぱいいっぱい、伝説や言い伝えがあります。

興味を持っていただくため、我らが「とら店長コトラコ」は今日も頑張っているわけです。
(今日はオヤスミですけれどね・・)

盛岡の伝説を聞いてみたいと思われる方、どうぞ気軽に遊びにおでかけくださいませ。


スポンサーサイト

コメント

タイガーマスク

おはようございます。

震災後伊達直人さん耳にせぬ
チャイルドプアあってはならぬ

少し繁盛永く繁盛
2012-10-20 08:48 | 登龍門 #- | URL [ 編集 ]

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://toratencho.blog.fc2.com/tb.php/9-a2dd1999

 | ホーム |  page top


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。