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擬宝珠の2

20100622-88上の橋擬宝珠②^2

擬宝珠は伝統的な装飾で橋や神社などの欄干の柱の上に設けられている飾りです。
宝珠(ほうじゅ)・欠首(かけくび)・覆鉢(ふせはち)・節(ふし)(あるいは胴・篠)という構成になっています。

現在上ノ橋と下ノ橋に残されている擬宝珠は慶長14年・16年と、盛岡に城下町が造られ始めたころに27代利直により付されたものです。
(もともとは、上ノ橋と中ノ橋に付けられていました)

さてようやく・・・
17日の続きです。

擬宝珠と盛岡(南部家)のお話し・・ハジマリハジマリ・・


南部家12代政行が京都在番中のこと、例年になくあまりにも鹿が啼くというので、帝が「奇怪なことである。広く触れをまわし歌伏にせよ」との命を下しました。

『春鹿』という御題に政行は
『春霞 秋たつ霧にまがわねば 思ひ忘れて鹿や啼くらん』

という歌を詠み天覧に浴しました。(帝にお見せしました)

するとあら不思議・・・鹿は啼き止みました。

帝は「辺地の武士にして歌道に堪能なるは神妙」と高く評価し
歌にも優る歌人なれば、何ぞ帝都の趣を在所に移すべし」と勅許を与えました。

つまり・・・
政行よ、お主は田舎にいるけれど素晴らしい歌を詠める文化人であるから、都らしい何かを自分の故郷の町に付けてもいいよ」と言った、ということです。

そこで政行は京都加茂川三条大橋の擬宝珠を写して、

居城のあった三戸城下(現在の青森県)熊原川の橋に、

金銀をちりばめて造った擬宝珠を付し『黄金橋(きがねばし・木金橋)』と名付けたということです。

以上が、南部氏と擬宝珠の付された橋 由来のお話しです。

南部家にとっては、帝から直々にお許しを得た「誇り」の逸品ということで、

時代を経て盛岡に城下町を建設した際にももちろん真っ先に擬宝珠を付けたというわけですね。

ちなみに、秘書のサカコが昨年三戸に行った時に「ここが黄金橋です」と教えられたそうですが、今は作り変えられた道路の横にコンクリート製の小さな橋の名残が見えただけだったそうです。






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サンプラザ中野

おはようございます。

玉ねぎと何処の歌手が歌にした
武道館屋根光る玉ねぎ

少し繁盛永く繁盛
2012-12-27 07:28 | 登龍門 #- | URL [ 編集 ]

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