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盛岡三橋と擬宝珠についてのお話

盛岡の中心部を流れる中津川。 

上流の綱取大橋から数え、北上川との合流地点に架かる御厩橋まで、

中津川には15の橋が架けられています。

そう・・えっ?そんなに?とお思いになるむきもございましょうが、

歩行者・自転車専用橋の毘沙門橋や富士見橋、ひっそりと架かる文化橋など、

いつかゆっくり数えながら歩いてみてくださいませませ。
(数をクイズにしようかとも思いましたが・・うふふ、やめときました)

『盛岡三橋』とはどの橋? この質問も簡単すぎますね。

擬宝珠の付された上ノ橋と下ノ橋。
そしてその中間に架かる中ノ橋。

盛岡の城下町造りを始めた南部27代利直公が、まず最初に(慶長14年1609)に上ノ橋を、

続いて中ノ橋、下ノ橋と、盛岡城下に3つの橋を架けました。

これぞ、盛岡の三橋でがんす。
先ほど申しましたように、上ノ橋と下ノ橋には擬宝珠が付されています。
今でこそ中ノ橋に擬宝珠が付いていませんが、藩政時代には城に入ることを許された武士などしか渡ることが出来ないという格式ある橋でしたので、当然付いておりましたとも。  

中津川と橋のお話をすれば、たくさんお話ししたいことはございますが・・。



今日は擬宝珠のお話をばヒトツ・・。こほっ。


戦前の国の重要文化財にも指定された青銅の擬宝珠は、慶長14年・16年と、藩主利直の名前が刻まれております。

なぜ盛岡に擬宝珠?

擬宝珠のお話は、藩政時代よりも、ず~~~っとさかのぼって、
まだ、南部氏が三戸にお城を構えていた時代のこと。

南部14代政行の時代のことなのです。

と、いいところまでお話ししておきながら・・

おっと続きはまたあとで・・。

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コメント

擬宝珠

こんにちは

歴文の二階に設置されている
擬宝珠模様手ぬぐいもあり

少し繁盛永く繁盛
2012-12-18 11:51 | 登龍門 #- | URL [ 編集 ]

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