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とら店長コトラコ

Author:とら店長コトラコ
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このブログのこと

雨上がりで、

いよいよ館の周辺の紅葉が本格的になってきました。


中津川沿いのユリノキとサクラの、黄色と赤の饗宴も、ようやく始まりかけたようです。

去年はちょっと残念な擦れ違いでしたけれど、
今年はどうやら例年のように見事な紅葉になりそうな気配がいたします。
とてもとても、とても楽しみです・・。

本日、コトラコ店長は出張です。(ゼンコクとら会議・・とらの集会・・猫集会・・?)

今朝、出勤していたのですが、さきほど荷物をまとめて、あたふたと出かけていきました。
忘れ物したよ~と、戻ってこなければよいのですが・・。

という事情で、いつものように本日の担当は、ワタクシ美人秘書のサカコでございます。


ところで
このブログを作った(というか立ち上げた)のは、ご存じのように、コトラコ店長です。

実は(ここだけの話ですが)店長はパソコンがあまり得意ではありません。

ショップのお仕事の数字関係の書類でさえ、いつもウンウンとうなっておいでです。

時々、「この表のココどうすればいい?」とワタクシに尋ねることはありますが、
基本的に自分自身で、「これど~するんだろ~~な~~」とか独りごと言いながらあれこれやっています。

時々、パソコンの本を読んでいたらしく翌日の眼が、ウサギになっていたりもしています。

「アッチャ~~・・・・ヤッチマッタ」と頭も抱えていたり、

ウヒヒと(ちょっと無気味チックに)笑ってみたり、

結構近くの席のスタッフにメイワクもかけています・・。


新しいソフトとか一からおぼえ始める時にはね、教えてもらうときはちゃんとお金を払うもの、

スクール行くとかね、

じゃなければ人に聞かないで最初は、本とか読んで自分でやってみるのが常識よ!っていうのが口癖です。

知的権利は大事に、なんて柄にもなく、そういうところマジメなのですね。


使い勝手が分かってきてから、あれこれ聞くのはオタガイサマだからいいのよ、
ギブ&テイクだからねっ、なんて言っていらっしゃいますが、

私は心の中で、
パソコンに関しては、いまのとこギブ&ギブね、とこっそり思っていますけれど・・うふふ。


昨日の夜、『QRコード』ってどう作るのかなあ・・ってつぶやいていた店長ですが、

自力で作ることができたらしく、嬉しかったんでしょうね~、

今朝、あっちにもこっちにも(イラナイトコロヤ、ジャマナトコロや、・・)置きはじめました。

もちろん、このブログのコードです。


写真もいっぱいこのブログに入れたいな、なんてカメラ持ってきていましたから、

もう少しお待ちくださいね。

きっともうすぐ、写真や、ご自分のポートレートなど、(きっと過剰なくらいに)登場すると思いますわ


ブログをもっと多くの方に読んでいただきたい、

そして、双方向にタイムリーな情報を共有できるように頑張ってみるという、とら店長の意気込み。


私も秘書としてしっかりサポートさせていただきますので、


皆様も、どうかひとつ、周りの方に、このブログの事や、当館のホームページをご紹介くださいますよう、お願い申し上げます。

ということで載せてね、と言い残して置かれた、このデータを、アップしておきますわね。


というか、うふふふ、このブログに、このブログのQRコードを貼る意味ってあるのかしら???

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コトラコ

  でかっつ!!


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盛岡農業まつりのご案内

お久しぶりでござるご猿。ワタクシはとら店長のコトラコで、頭の中は笊(ザル)でござる。

な~~んて、今日の陽気は、
ダジャレも出ようというくらいの、晴れでござる。あっぱれ!(^^)!天晴天晴・・。

一昨日のこと、
市内の中学一年生4人組が、「盛岡の虎に関する伝説を教えてください」ということで来館してくれました。

もうワタクシ、ホント嬉しくて張り切っちゃいましたよ~。
虎屋敷のあったと思われる場所を案内したり、一緒に虎のお墓まで探してみたりもしました。


南部叢書の中に収められている『盛岡砂子』に書かれてあるのは
『毘沙門渕の近く・・・鍛冶屋御門の少し上に・・』などというミステリアスな文章。

あ~~でもないこ~でもないと、
日頃からあちこちの石を覗き込んでいるコトラコとしては、

一緒に探してくれる仲間が出来たこともホント嬉しかったでござりまするよ・・。


この中学校は『盛岡』や『学区』に眠る歴史や文化、そして伝説の掘り起こしを授業の一環で行っているようですの~。

コトラコの秘書サカコが関わっている『盛岡検定』っぽい、盛岡クイズのようなこともやっているらしい・・。

いつかその中学生たちが作った「盛岡検定」も受けてみたいものだっ!!
受けてみたい、受けてみたい、ぜ~~ったい受けてみたい!! と、

中学生を相手に大人げないダダ弧ねをしそうになりましたわ~。

地元の事を知ることは、
巡り巡って自分自身のアイデンティティーの確立に・・
なあんて、オオゴトに言わないまでも、

少なくとも地元愛は生まれますなあ。
ちょっと自慢にも思えるかもしれませんなあ。
(するとゴミもポイ捨てできなくなりますわなあ。)
ヨイコトダ・・。ウンウン。




盛岡城跡公園の紅葉もいよいよ始まりました。
明日とあさって・・10月27日・28日の土曜日・日曜日

もりおか歴史文化館の前庭広場や芝生公園では、
『盛岡農業まつり』が開催されまする~。


いろいろな地元の野菜や農産物の他に、

餅つきや、芸能や、沿岸の物産や、

そして、我がミュージアムショップの『お外分店』もでまする~~。

はてさて何を売ったらいいかなあ~~とコトラコ、今るんるんしています。

お外分店も、儲け、というより、
皆さんに喜んでもらえたりということを第一に考えているんです~。

復興支援商品を売って少しでもお役にたてるといいし、クジをして楽しんでもらえたらいいなあ・・。

ということで・・

明日とあさって、待っていますよ~~。
安い・うまい・安心の農業まつりにみんな来てねえ~~。
待っていまするよ~~~ん

虎屋敷 跡

昨日に引き続き、とら店長は休日です。

連休でどこかに行らしているでしょうか。
せっかくの休暇が晴天で良かったわと思いつつ、寝て暮らしている可能性の方が高い店長ですから、
晴れでも雨でも槍でも鉄砲でも関係ないかもしれないですね~。ふっ。

そういうわけでコトラコの美人秘書、私、サカコが、
本人不在をいいことに、とら店長大抜擢のもともとの物語をお話しいたしましょう。


盛岡に城下町が造られた時期といった方がわかりやすいでしょうか、

全国的には関ケ原の戦いの時代。

勝ち戦で機嫌の良い徳川家康公のところに挨拶に行った、我が南部利直公。

家康公は、にこにことしながら、
「よ~よ~、南部氏。我が陣のためによく戦ってくれたましたなあ。
南部光の武者が出た時には、どういうことかと腹も立ちましたが、まあ、あの者のことはしっかり重罪にし、南部が確かに徳川側だということを私に示してくださいよ。

それはそうと、これだけ馬や金やその他めずらしい土産もたびたび頂戴し、南部の土地の豊かさには驚かされますなあ。
これからもがっぽがっぽと土産物、宜しく頼みますよ。

あ、そうそう、いつもいただいてばかりでは何ですから、丁度最近、なんとも貴重な虎をカムボジアからいただいたばかりですので、あなたに差し上げましょう。いやいやご遠慮なく・・

いやいやほんと、ご遠慮なさらず・・

本当に!、ご遠慮なさらずにっ!・・・。」


この言葉は、伝説&フィクションです。

この時代に伝説として残っていることを、家康さんに一気に言わせてしまいました。

確かにこの時代の南部藩は、金山ラッシュで財政が潤っていた時代ですので、徳川家との関係もかなり良かったようです。

南部光武者という伝説の呼び名が付された北十左衛門のことについてもいつの日かこのブログでご紹介いたしたいと思っています。

ところでそんな強引なるプレゼントを2頭も賜ってきた南部27代利直公

戻ってくると早速、城内に虎の小屋を作りました。
小屋と呼ぶには恐れ多いので、屋敷といいましょうか。

虎屋敷は城内の中津川寄り、キリシタン処刑場だった毘沙門淵に近い場所に作られました。
(もしかしたら虎屋敷の方が先だったのかもしれません)

雄の名は乱菊丸。雌は牡丹丸。

乱菊丸はある日小屋を抜け出しご城下に行き、町人を傷つけました。
利直公は、いくら家康から拝領した虎様とはいえ、これ以上の被害を食い止めるため、自ら鉄砲で仕留めました。

(その皮は、参勤交代の折には鞍かざりにされ、南部様のご一行のシンボルのようになりました。)
残った牡丹丸は、ほぼ天寿を全うしたといえるほど生き、最後は餌として与えられた秋田犬に逆に噛まれて死んでしまったのだということです。

(この虎にまつわるもっと詳しい話は、もりおか歴史文化館にいらしてミュージアムショップで聞いてくださいね。)

盛岡城跡公園を始め、盛岡にはまだまだいっぱいいっぱい、伝説や言い伝えがあります。

興味を持っていただくため、我らが「とら店長コトラコ」は今日も頑張っているわけです。
(今日はオヤスミですけれどね・・)

盛岡の伝説を聞いてみたいと思われる方、どうぞ気軽に遊びにおでかけくださいませ。


ガス燈がなぜ今でも盛岡にはあるのか・・・

昨日から第5回もりおか歴史文化館企画展『あの日あの時の盛岡~絵はがきに見る明治・大正・昭和の景色』が開催されています。申し遅れましたが、本日、このブログを担当いたしますのは、ワタクシ、美人秘書のサカコでございます。よろしくお願いいたします。

昨日、私は休暇をいただいており、企画展を一般のお客様と一緒に観ることができました。

まあ、そのあとは映画を観たりお友達とお茶したり、と、

休日にはごろごろと寝て暮らすというコトラコ店長とは全く違って、有意義な一日を過ごさせていただきましたけれど・・。コホン。


企画展は、昭和生まれの私には、懐かしい景色というよりは、あらまあそうだったのですねえと、
とても興味深い企画展に仕上がっておりました。

これならばぜひにも皆様に、ご覧いただきたいと心から思いましたわ。
お出かけくださいませ。お待ちいたしております・・。


さて、当館から半径300メートル界隈(歩いて1~2分界隈)に、ガス灯が10基弱ございます。

この平成の時代に、ガス燈ですよ、ガス燈。オドロキデスワネ・・

おそらく一般の市民の皆様にもご存知の無い方が多数いらっしゃるかと存じますが、普通の電気の街路灯に交じってさりげなく存在いたしているのです。

このガス燈は日中でもついておりますので、歩いていらっしゃるとき、ちらっと上をご覧になるとすぐお分かりになるかと思います。

夜間にはじっと見上げてくださいますと、ガス燈の灯はかすかにゆらめいておりますので、電気街路灯との区別は付くかと存じます。

そう、本題にもどりまして、
なぜ、盛岡とガス燈なのでしょう。

盛岡に、島立甫(しまりゅうほ)と大島高任(おおしまたかとう)という二人の先人がいます。
この二人が、ほぼ同時期に、日本で初めて瓦斯に火を灯したといわれております。

どちらも南部藩お抱えの医師の子息でした。

島立甫は、わが国で初めて沃素(ヨウソ)の抽出に成功したという洋学者。
大島高任は、いわずと知れた『近代製鉄の父』。
年齢は島立甫の方が19歳年上です。

とても不思議だと私、思うのです・・。
どちらも『南部藩士』そして『南部藩の医師の子息』。

全く違う分野の学問を学んでいたこの二人が、ほぼ同時期に日本で初めて『ガスに火を灯した』という事実。
どちらが先に、ということはあまりにも時期が一緒なので正確にはわかりませんが、とてもとても『偶然』なことだと思いました。

ガス燈、といえば、画期的な文明開化の象徴のようなモノ。

賢治も啄木も、
東京での暮らしの中で、ガス燈に感動している様子が記されていますが、
おそらく同郷の先人の恩恵だとは知らなかったのではないでしょうか。

赤いレンガの岩手銀行旧本店(旧中の橋支店)横。
当館敷地の中の橋寄りの角の緑地帯。
そして、当館2階から眺めることができる盛岡城跡公園の亀が池に・・・、
それぞれ数基ずつ、昼夜分かたず、瓦斯の灯が揺らめいています。


『あの日あの時の盛岡 絵はがきに見る 明治・大正・昭和の風景』


もりおか歴史文化館の第5回企画展は・・じゃじゃじゃじゃ~~ん

『あの日あの時の盛岡 絵はがきに見る 明治・大正・昭和の風景』♪ピュウーピュー、パチパチパチ♪

あのね、えへん、

明治6年12月1日に官制ハガキというものが誕生し、

その後明治33年に私製葉書の使用が認められたのだそうですよ・・。

そうしたらなんと、景色や人物やいろいろな図柄の絵や写真など、爆発的に様々な絵はがきが誕生し、人々のもっとも身近で早い連絡手段だったこともあってね、全国的に大ブーム。
その種類は数億ともいわれているんですって。


今、、館内では、
明日に開催が迫った・・・今も(つまり夜ですが)・・
学芸員さんのヨッシーねえさまを中心として、
みんな頑張って最後の微調整などいたしておりまする・・。
オツカレサマ・・。

企画展示室をね、こっそり覗いて見たんだけど・・

企画展では盛岡に関係した、数々の絵はがきを見られそうですよ。

すご~く楽しみっ!!。

■企画展■
10月17日(水曜日)~12月16日(日曜日)までの期間
時間は朝9時から、閉館時間の7時まで。
(ただし6時半までの受付入場ですよ)
11月になると、閉館時間が6時までなので受付は5時半までだから気を付けてね。
ミュージアムショップでも連動企画をただ今考え中です。オタノシミニ。




あっ、本業、本業・・。
ミュージアムショップ情報もこれから時々お知らせいたしますが、

現在のミュージアムショップでは・・ふふふ
オータム(じゃんぼ)100円クジを開催中!!
100円で秋の運試し~~。

これがけっこう皆様に喜んでいただいていてるし、スタッフとのコミュニケーションもばっちりで・・。

ナニヨリナニヨリ。

お待ちいたしておりまするよ~~~




公園の樹木その1 紅葉情報

あっちゃ~・・・と、やっちまった感のあるコトラコであります。
今年の夏の猛暑&水不足の影響なのか、今年の秋は『実』が少ない・・。

大好きなナナカマドもよく見ると、なんだかサビシイ実の付き方だし、
付近の『内丸緑地帯』の『ヤマボウシ』にもなんだか実が付いていない・・気がする・・。見逃したかな?

『若返り効果』があるという、『サンシュユ』にもなんだか実が少なし・・。
ふにゃふにゃ~ツマンナ~イ・・と、少しグレ気味な気分のコトラコ。

毎年、11月くらいに公園管理のオジサマにお話しして、
「サンシュユ酒」を作る分だけ実をいただいて漬けているんですけど、今年は無理かなあ・・。
鳥さんの分も残さなきゃないしねえ~。
(あっ、サンシュユ酒はね、色はほんと綺麗だけどあんまり美味しいもんじゃないからね、勝手に期待しないでくださいね(―_―)!!)

今朝、仕事が遅番だった秘書のサカコが、いつもより早く出勤して
『パトロール行ってきます』なんてスマシテ公園行ってきて、なんだか少しがっかりしてきましたっけ・・。

もりおか城跡公園の紅葉は『サトウカエデ』から始まるなんて、
ちょっと大げさにいつも話しているサカコ曰く、今年はなんだかまだまだパッとしませんねえ。だそうです。

もりおか城跡公園の紅葉は・・まだ0.3分といったところ・・。
(ちなみにサトウカエデというのは、盛岡市とビクトリア市姉妹都市提携10周年を記念して、芝生公園に植樹されたものです。色がまた、何とも言えず透明感ある紅葉で、ステキでしゅ~)

トコロデ、しょげているサカコにワタクシ言いました。
ばっかだねえ・・、今月28日の日曜日に行われる『公園散策ツアー』の時に、丁度イイカンジになってるだろうから、喜びなさいよ、と、ねっ!!

あっ、そうですねえ、たしかに。と単純なサカコはにっこりしていましたよ、マッタク・・。


そう、今月10月28日、募集は締め切りましたが、昨年に続いて『公園散策ツアー』が行われまする。

樹木医のサトウ先生が一緒に歩きながら、公園内の植物についてあれこれ教えてくださって、
おまけに『植物ミステリー』なども話してくださるから、
ほんとイマドキの言葉でいうと・・“マジ楽しい~ツアー”なんですよ~。

さてさて、このへんで、
盛岡城跡公園界隈・・つまり当館界隈の見どころ『紅葉』
とら店長コトラコおすすめベストポイント
をいくつかご紹介いたしまする。

もちろん順不同で思いつくままってことで、ご容赦くださいね。

1、もりおか歴史文化館前広場の『カツラ』。これは、今まさに紅葉中。
夏の終わりくらいから、いいかほり~が辺りに漂ってきますし、中津川からの入り口入っての当館の姿と光の中に映えて・・ふふふ、うつくしい・・。

2、朝日谷・・
ま、つまり蛍の里あたりですね。
(トイッテモ わからない方は、町なか情報でセンターのカウンターで聞いてくださいませ~)。
ここは、プロ・アマチュア問わず、カメラマンさんたちのメッカですよ。
本日の紅葉情報・・0.1%

3、中津川沿い、公園広場に沿っての『ユリノキ』と『サクラ』の並木
毘沙門橋から眺めてごらんなさいまし、お~~ビューティフルな、ちょっと異国チックな紅葉風景ですう~。
本日の紅葉情報・・0.01%

4、本丸
・・どんぐりも数種類拾えるし、晩秋には文字通り紅葉のカーペット。
三階建ての天守があった南西のちょっと高くなっているところから、公園&市内を眺めて観てくださいし・・。
ここまたビューティフル。
本日の紅葉情報・・ドウタンツツジを中心に3%

5、 あとは、ま、それぞれの方の好みがあるでしょうから・・どうぞお好きにご覧くださいませね~~。



立原道造「盛岡ノート」

店長のコトラコが出張のため、
ワタクシ、店長の美人秘書サカコがおしゃべりさせていただきます。 コホン。


秋風が肌に冷たくなりはじめ、すすきや、秋の虫や、紅い林檎の実が成る、丁度今頃の季節のこと。

昭和13年(1938)、一人の青年が盛岡に暮らしました。

その青年は夭折の詩人 立原道造。

亡くなる半年前の事です。

ゲーテが『イタリア紀行』で、恋人シャーロッテに向けた書簡の体裁で書いてあることになぞらえ、立原道造が恋人の水戸部アサイに向けた文章で書きあげた『盛岡ノート』。

“僕は文字で景色をつたへたいなどと いままで一度もおもひはしなかった。しかし いま おまへのためにこの僕の眼がはじめて風景を見たおどろきを そのまま おまへにつたへたいと おもふ ・・中略・・僕の言葉の無力さ!どうしたら おまへに この風景をつたへることが出来るだらうか この風景のよろこびを”(『盛岡ノート』より抜粋)

まるで道造が書いた盛岡へのラブレターのようです。

盛岡と道造の縁をつないだのは、画家・深沢紅子。
道造は愛宕山の裾野にある紅子の実家「生々洞」に住み、その伯母(マメノオバサン)の世話を受けながらおよそ一か月滞在しました。

「光の中にある」と表現したほど、
盛岡での暮らしや人々との交流は彼の心に温かさとと明るさをもたらし、
景色は新鮮な感動を与え続けました。

盛岡にまだまだ滞在したいという望みは、
道造の“小さな病気”によって絶たれ帰京することになりました。

“この町には あと二日しか ゐられないのだとおもふと胸いっぱいになる そんなに この町は いいところだった!”(盛岡ノートより抜粋)


「次回はりんごの花咲く時期には必ず来ます」と、道造は幾度も周りの人に言います。

しかしその願いは、彼の死によって叶うことはありませんでした。

病床にあってなお、盛岡に想いを馳せていた立原道造。

彼が納棺された時、盛岡の林檎がそっと入れられたといいます。



昭和50年(1975)、道造の願いを叶えるように、愛宕山に彼の文学碑が建てられました。


サカコは『盛岡ノート』を片手に道造の見た景色を追いかけてみたことがあります。
丁度、今頃の季節です。

もりおか歴史文化館に荷物を置いて、みなさまも立原道造のような気持ちで盛岡の街を歩いて楽しんでみてはいかがでしょうか・・。
(愛宕山展望台奥にある道造の詩碑まで当館からゆっくり歩いて45分)



アダジオ
光あれと ねがふとき
光はここにあった!
鳥はすべてふたたび私の空にかへり
花はふたたび野にみちる
私はなほその気層にとどまることを好む
空は澄み 雲は白く 風は聖らかだ


街路樹・・その1

おっはようございまする。
今朝の盛岡は雨が降ってきました。
この調子で今日は一日降り続くのでしょうか・・。

中津川の鮭は、今年は水かさが少ないのでお腹が擦れて痛いよ・・、なんて言いたい様子ですが、

この雨で少しは楽になってくれるのかも・・と考えると、雨もまんざらそう悪くもないかもかも。

さて、館の周辺の『街路樹』といえば・・と、唐突に。

なんといってもその代表選手は、(とコトラコが勝手に決めているのは、)

石割桜(裁判所)から県庁前、市役所までの両側の『トチノキ』だすなあ。

『トチノキ』ちょっと種類は違うとはいえ、まあ大きく言えば『マロニエ』・・。

マロニエ通りというといきなりオシャレに感じるのは、映画の影響でしょうか。

このトチノキ、春には当たり前ですが、花が咲きます。

ただ下から見上げて葉の陰になりがちなので、よ~く気を付けて観ないと気が付きません。

(イギリスでは『ウオールナッツサンデー』と言って、
日本でいうお花見のようにこのトチノキの花を愛でるのだとか・・。)

8月末頃になると、
歩道に『トチの実が落ちますのでご注意ください』のような看板が出されます。

で、確かに外側の皮らしきモノが落ちているわけです。

中身の実は?ふふ、朝早くに散歩の人や子供たちが拾って持っていくんです。

茶色くて一見、まん丸い栗ってかんじの、ピカピカの実。
茹でただけでは到底食べられないのに、ミンナ、ナニニツカウンダロ?と思いますが、確かに可愛くてついポッケに入れたくなります。

(コトラコの秘書のサカコは、子どもの頃トチの実で笛を作ったりして遊んだり、
砕いて焼酎に漬けてホオッテおけば、傷や打ち身その他万能薬になる、とか言っておりまする)

10月も中旬に入り道路の方はそろそろ終わり、
あとは道路沿いの低木の茂みの中に秘かにあるかもしれないし、
盛岡城跡公園内の、亀が池あたりと二の丸でまだ少し拾えるかも、という状況で~~す。

トチノキに限らず、漢方では薬効ありとされている木々が、街路樹や公園の中には結構あって、

サンシュユとかキササゲとかまた時々、このブログでご案内しますね。

『なんとなくそんな目』で町なかの植物たちを眺めると、結構別の楽しみ方もできるかも(笑)






市役所前から、当館方面までの街路樹は『ナナカマド』。
コトラコの大好きな、秋の景色・・。ナナカマドの実が赤くなりかけています。

今から12月過ぎまで、とってもステキに楽しめます。
雪が降った日のナナカマドの街路樹・・ああ、思い出しただけでコトラコうっとりしちゃいまする。

鳥さんたちの餌事情によってなのかな、
早く無くなっちゃう年と、ずっと2月頃まで残っている時があるんですよ~。

トコロデ知っている方教えてください!
真っ赤になるものと、オレンジ色になるもの、紅い色になるもの、木によって色が違うのは何故でせう?
微妙に種類が違うのかなあ?


盛岡城跡公園  その1・賢治さん

“「かなた」と老いしタピングは・・“という始まりの、宮澤賢治の『岩手公園』という詩。

盛岡城跡公園 (もりおかじょうあとこうえん)(岩手公園)の芝生広場の一角に
この詩全文の碑があります。

ちなみに、このミスター・タピングは、実在の人物で明治40年に盛岡に来て、宣教の傍ら盛岡中学で英語を教えていたそうですし、夫人は盛岡幼稚園の創始者として広く知られている方でもあるんだそうですよ。

何をかくそう、実は・・

ワタクシとら店長コトラコ、この詩の特に最後の部分が大、大、大好きなんです。

『弧光燈(アークライト)にめくるめき
 羽虫の群れのあつまりつ
 川と銀行木のみどり
 まちはしづかにたそがるゝ』


賢治さんは下の橋の近くの下宿から、毎日のように中津川沿いに散歩していたと
何かの本で読みました。


川のこちら側から見える、建って間もない赤い煉瓦の銀行。

文化のカオリ、ハイカラな空気、澄んだ盛岡の風・・・

そんな景色を賢治さんはきっと、日によっては胸をどきどきさせたり、どこかしら切なく眺めたり、

いづれにせよ立ち止まってじっと見ていたんだろうなあ。

盛岡歴史文化館から歩いて1分のところに、賢治さんが佇んでいた・・

なんて考えてワタクシ・コトラコ、ちょっと胸がきゅんとしてしまうワケです~。

そう、確かに、川を挟んで見るこの景色・・イマデモほんと美しいです・・。


そんな銀行も今年(2012)の夏、建物内での営業が終了しました。


時が流れたんですね。

(この詩は賢治の死一か月前、昭和8年8月22日の日付のある『文語詩稿・一百編』の中に収められています。)



今、公園の中を中津川沿いに、賢治清水の方に向かう出口あたり・・

キンモクセイの香りが・・とってもよいかんじですよ~~。
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